
私たちは、赤い糸(akaiito)を温め合うために、ここにいる
(We Are Here to Warm the Red Thread Together)
雨に濡れた奈良・生駒の夕暮れ。私たちは、悲しみに襲われると決まって「一人になりたい」と口にする。誰にも邪魔されず、厚い毛布にくるまって、自分だけの暗闇に沈み込みたいと。それは一種の生存本能かもしれない。けれど、その暗闇は時として、自分一人の体温では温めきれないほど冷え切ってしまうことがある。
先日、私はどうしても一人では抱えきれない夜を過ごした。心の中にある重い塊が、喉元までせり上がってくる感覚。私は、友人にメッセージを送った。「会いたい」。何度も。同じセリフ。
友人は、「明日行くよ」と返してくれた。
翌日、定休日のakaiito。私たちはテーブルを挟んで向かい合った。窓の外には、いつもと変わらない生駒の山々が連なっている。理由を説明しよう、と話しだして、言葉と同時に涙が溢れ出した。説明なんて後回しでいい。私の目からポロポロ流れ落ちる涙を見て、友人もまた、一緒に泣き始めた。
私たちは、同じ温度のまま、ただ目に涙を浮かべた。
そこには、どんな洗練されたアドバイスよりも、どんな哲学的な慰めよりも確かな「救い」があった。目の前で誰かが、自分のために、あるいは自分と共に涙を流してくれるという奇跡。それは、冷え切った心を解凍する唯一の魔法「人の気配」という温かさだった。
現代において、カフェという場所の役割は変容しつつある。 チェーン店は、他人と完璧な距離を保てるように設計されている。誰とも目を合わせず、誰とも関わらず、ノイズキャンセリングのヘッドフォンで自分だけの世界に没入する気楽さ。それもまた、現代社会が私たちに与えてくれた一つの「優しさ」なのだろう。
けれど、私は信じている。人と人の感情が、計算され尽くした距離を超えて、ふとした瞬間に交差してしまう場所。そんな場所が、まだ必要とされているのではないかと。
つらい気持ちに蓋をする必要なんてない。無理に忘れようとしなくていい。 感情とは、無理やり消し去るものではなく、誰かの温もりの中で、ゆっくりと溶かしていくものだから。
溶け出した感情は、良質なオイルのように、私たちの内側で小さな光を灯す。そして、暗闇を照らす静かな炎となって燃え続けていく。その灯火を維持するために必要なのは、誰かのぬくもりであり、「駅前で配ってたティッシュでごめん」と差し出してくれる手であり、共に過ごす沈黙の時間なのだ。
昨日、私はそれを体験した。 泣きじゃくる私に、友人はただ寄り添ってくれた。 それだけで、あんなに重かった心は、驚くほど軽くなっていた。
この温かさこそが、人を生かす。 そして、次の一歩を踏み出すための、目に見えない杖になる。
だから、私はこの生駒の街で、ここにいる。 もし、あなたが一人では抱えきれない何かを感じたなら。 特別な理由がなくてもいい。ただ、誰かと同じ空気の中に身を置きたいと思ったなら。
私が心を込めて焼き上げたチーズケーキが、あなたの凍えた心をそっと溶かす、その最初の一滴になれることを願って。
扉を開けてみてほしい。 坂道を下りきる手前、その先に、あなたの感情をそのままに受け止める、温かな場所が待っている。
あなたの感情が、少しだけ軽くなる場所。akaiito。
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奈良県生駒市俵口町514
営 12時~18時(LO17時)
木・金・土・日
P3台
小さなチーズケーキのアトリエカフェakaiito
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(もしよかったら、この曲を聴きながら読み進めてみてください) Modern Love Soundtrack on YouTube Music
